団塊文化

団塊文化 団塊世代★メタモルフォーゼ

団塊 文化

団塊文化


団塊世代が中心となって作り出した、
団塊文化と言える文化の潮流が2つある。
一つは20代での若者文化であり、
もう一つは30代のいわゆる
ニューファミリーの文化である。
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僕たちが育った時代は高度経済成長期のまっただ中であり、
日本経済はほとんど常に右肩上がりで成長していた。
幼少時こそ貧しくもののなかった時代だったが、
長ずるに従って、生活の中に次々と目新しいもの刺激的なものが登場してくる。

家の中には洗濯機、テレビ、掃除機、冷蔵庫、ミキサー、炊飯器等等の
電化製品が、順を追って導入され、
昨日よりは今日、今日より明日の生活は文化的に良くなると、
ほとんど疑問を持つこともなく年を重ねていったのだと思う。

一つ一つの製品の購入はその都度、わくわくするような出来事だったが、
そのなかでも最も大きな生活文化の変化と刺激をもたらしたのは、
やはりテレビの登場だろう。

団塊世代がまさに青年期に向かう頃、
テレビは生活文化として定着してゆき、
圧倒的な力で世代のこころを鷲づかみにしていったと思う。
「私だけが知っている」
「ジェスチャー」
「お笑い三人組」
「事件記者」
「シャボン玉ホリデー」
「月光仮面」
「てなもんや三度笠」

語ればきりのない思い出が次々と芋づるのように連なって出てくるが、
今となればはっきりとした意図のもとに
文化的刷り込みがなされたのだなと思うのは、
一連のアメリカのドラマのテレビ放映である。

西部劇の「ララミー牧場」や
ヒーローものの草分け「スーパーマン」に加え
ホームドラマの「パパは何でも知っている」「うちのママは世界一」など、

アメリカは強く、正しく、かっこよく、そして豊かであった。
そこには埋めようのない彼我の文化の差があり、
身の回りには決して見ることのできない別世界があった。

個人的に言えば最もわくわくさせられたのは「サンセット77」である。
ロサンゼルスはハリウッドの、
有名なサンセット通り77番地にある私立探偵事務所が舞台である。
スチュアート・ベイリー(エフレム・ジンバリスト・ジュニア)と
ジェフ・スペンサー(ロジャー・スミス)のコンビが、
さまざまな犯罪捜査に活躍するピンキー・サスペンス・ドラマであった。

番組の作りはオープニングから洒落たもので
マック・デイビッド作詞、ジェリー・リビングストン作曲の主題歌が、
軽快で浮き立つようなコーラスで、
”〜セブリセブン サンセット・ストリップ……”と始まる。

お隣りには、ディーン・マーチンが経営するレストラン「ディノのロッジ」があり、
ベイリーとスペンサー以外のレギュラーは、二人の友人である競馬評論家
ロスコー(ルイズ・クイン)やハリウッド警察署のギルモア刑事(バイロン・キース)。

なかでも団塊の若者の気持ちを捕らえていたのは、
決めのポーズでクシで髪の毛をかき上げる、
「ディノのロッジ」の駐車係クーキー(エド・バーンズ)と、
事務所秘書兼電話交換手のスザンヌ(ジャクリーヌ・ピア)であったろうか。

クーキーは
当時の世間の常識や道徳に反抗した行動をとる若者ビート族のスタイルで、
古い車体に高性能エンジンを搭載した愛車ホット・ロッドを軽快に操り、
話す言葉はヒップスター・トーク。ビート族の間にだけ通じる隠語が混じる。

ベイリーとスペンサーの行くところ、必ず美女が登場して二人に絡む。
豪華なセットに洒落た服装、洗練された会話の気の利いたやり取り。
「美人の依頼人は、少しばかり料金が嵩みます」とベイリー。
「どうして?」と美人の依頼主。
「乱れる心をしずめるのに、余分な苦労が要りますから」

僕たちの心の中に生まれたのはなんだっただろう。
憧れ?コンプレックス?屈折?反発?
多分実際に起こったことは、それらのどれでもないように感ずるのだが、
にもかかわらず、それらすべてを中に含みこんだ複雑な高揚感であったとも思う。

団塊世代はこうしたさまざまな映像を通じて、
アメリカの文化や価値観を吸収していった最初の世代となった。
ジーンズを穿いてキャンパスや街を歩き、
コカコーラ、ハンバーガー、ケンタッキーフライドチキンを食べる。

これまでの世代の男性像にはなかったファッションへの関心も高く、
アメリカ文化を象徴するものを積極的に取り入れながら、
大衆消費世代の申し子として物の溢れる時代を闊歩していく。

日本のそれまでの慣習や伝統に対してはほとんど省みること少なく、
拒否までしなくとも無関心という、消極的な否定の気分があっただろうか。
古いものはつまらなく、新しいものが良いものであるという、
表面的な価値観のなかに浸っていたのであったろうか。

面白いというべきか、不思議なのか当然なのか分からないが、
このような手放しの物質的豊かさへの志向の一方で、
団塊の世代は全体として左翼的な思想に傾斜していく。

知り合いにとても聡明な女子学生がいたのだが、
結構大きな病院の院長の娘であって、
いつも高そうなものを身に付けていて、
「実家からヨックモックが送られてきたから食べない?」
なんていいながら、
一方では「ブルジョア打倒」「造反有理」と
論陣を張る全共闘の闘士だったりするのである。

当時から、なんだか気持ちがすっきりしない感じがしていたのだが、
思想と行動や存在の矛盾を指摘してみても始まらない。
団塊世代のエリートともなると、
物質的にも思想的にも豊かで抜きん出ていなければならなかったのである。

だからであろうか、政治の季節が過ぎ去ると、
要領のいい僕の同胞たちは皆次々と大学の教室に舞い戻り、
いつの間にか大手企業のそこかしこに、自分たちの居場所を確保していた。

社会に出た団塊の世代は、いつしか高度経済成長の波を上手に乗りこなし、
結婚して家庭を持つと、
今度はふたたびそれまでの日本にはなかったスタイルの新家庭像を創り出す。

それは一般にニューファミリーと呼ばれている、
団塊の両親と1人〜2人の子供からなる核家族か、
子供のいない共稼ぎ夫婦、ダブル・インカム・ノー・キッズ(DINKS)である。

大家族のくびきや子育ての負担から離れることで、、
そこそこ優雅な経済余力を有した世代集団は、
こだわりを持った消費文化とライフスタイルを創り出していった。

例えば東京の団塊を見ると、
生活が豊かになるに従って強まっていた持ち家志向のなかで、
都心に勤め先を持っていた団塊の企業戦士たちは、
都市郊外の私鉄沿線のニュータウンに住まいを定めて、
通勤ラッシュをものともせずにいわゆる猛烈社員の後裔となってゆく。

首都圏の地価は経済の発展とともに上昇していったから、
団塊の世代の住まいは自然に都心部を離れた周辺に広がってゆき、
首都を取り巻く国道16号線上に分布するようになる。
いわゆるドーナツ化現象を呈したのである。

そして今、
かつて若々しい息吹にあふれていた各地のニュータウンは、
いつしかオールドタウンと呼ばれるようになっている。
団塊の子供たちはもうニュータウンには住もうとしない。

団塊以上に生活の質にこだわりのあるジュニアの世代は
じわじわと都心回帰を試みている。
バブルの崩壊以後の緩やかな景気の回復が、
それを可能にするのかもしれない。

そしていよいよ団塊世代は、
一斉にいままでの職場から退出していく時節を迎える。
ある人は「2007年問題が深刻化する」という。
別の人は「3つ目の消費の大波がくる」という。

周りから見れば、本当に何時までも、人騒がせな塊ではある。
「何時までも成熟しない」
「個人主義ならぬ私生活主義」
と揶揄されながらでも、もう一度、
「日本の未来」を真剣に論じる情熱や意欲を持って、
「新たな大人の私生活」を楽しみながら模索することにしよう。

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