少年漫画

少年漫画 団塊世代★メタモルフォーゼ

少年漫画

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元は子供のものであった漫画を、
大人になっても読み続けたのは
団塊世代が始めてだろう。
少年漫画はいまや
クールな日本文化の一角をなしている。 
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1967年に大学に入った僕は、大学の寮で暮らしていた。
寮は全部で4棟あって、大変シンプルな造りの建物であった。

各棟は3階建ての頑丈な鉄筋コンクリートで、
歴史を感じさせる重厚なつくりであるが病院か収容所のような趣だった。

入り口と階段のある建物の端から、
真直ぐ奥へ向かってトンネルのように通路がのび、
その両側に20畳ほどもある大部屋が並んでいた。

寮生は5〜600人もいただろうか。
各人は数十のサークルのいずれかに所属していた。

サークルは、空手やホッケーなどの運動部系、
物理や生物などの理系の研究室系、
その他の趣味系のものが雑多にあるなかで、
ひときわ大きな存在感を示していたのが
当時の花形社会学系のサークル群であった。

一番大きなのが共産党系の民青のサークルであり、
続いて新左翼系の各セクトのサークルが、
それぞれ独特の雰囲気を醸し出していたものである。

年に一度の部屋割りでは、サークルが所属人数に応じて部屋の取り合いを行う。

各サークルは確保した数部屋を自分達で自由に使っていいのだが、
セクト系のサークルはともかくとして、その他の多くのサークルでは、
各人に宛がわれている備え付けの机と書棚と畳敷きのベッドを使って間仕切りをして、
個別のプライベートなスペースを確保するのが普通であった。

しかし、
僕たちのサークルは8〜9人の小所帯で、
通路に向かい合う2部屋を確保するのがいつもの習いだったが、
そのうちの1部屋は個別に空間を仕切らずに、
居間というか、娯楽すぺーす・宴会空間のようなものにして開放していた。

そこは、折節の酒盛りやマージャンで連日、
他のサークルからも客人が多数たむろしていたものだが、
その娯楽部屋?の常備品が毎週木曜日発行の漫画雑誌だった。

「少年マガジン」
1959年3月に創刊された。
日本で初めて商業的に成功をおさめた青少年向けの漫画週刊誌。
「あしたのジョー」と「巨人の星」の連載によってみるみる部数を伸ばす。
この2作品は団塊世代の圧倒的支持を受けたものであり、
「大学生が漫画をよむ」ことが当たり前になる契機となった作品である。

「少年サンデー」
マガジンの後を追って、1ヶ月後に創刊。
いわゆるトキワ荘作家を囲い込み、着実に売上げをのばす。
80年代になると「うる星やつら」と「タッチ」のラブコメブームにより
女性の読者層をもつかみ、ジャンプに肉薄するも及ばず。

「少年ジャンプ」
後発ではあるが、
1968年の創刊からまもなく団塊世代の圧倒的支持をつかんだ。
主力の連載は永井豪の「ハレンチ学園」と本宮ひろ志の「男一匹ガキ大将」。
僅か2年で100万部を発行する雑誌に急成長。
「ど根性ガエル」「アストロ球団」「マジンガーZ」などのヒット作を生んだ。
1973年に少年マガジンを抜いてすべての雑誌の中で発行部数首位となる。
1980年代には200万部代から500万部まで発行部数をのばし
1994年末には驚異の653万部をたたき出す。

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